中国による“合法的な経済活動”を通じた技術獲得とは
経済安全保障において、技術流出の防止は主要アジェンダの一つである。
技術流出の経路は、諜報活動を含め複数あるが、中でも中国による“合法的な経済活動”を通じた技術獲得は、特に懸念すべき事項だ。
例えば投資・買収だ。
【中国資本によって買収された企業の一例/( )内は業種】
買収時期 | 買収した企業 | 買収された日本企業 |
2010年 | BYD(自動車製造) | オギハラ(自動車製造) |
2018年 | Lenovo(PC製造) | 富士通クライアント コンピューティング(PC製造) |
2018年 | Key Safety Systems (自動車用安全部品製造) | タカタ (自動車用安全部品製造) |
2019年 | Baring Private Equity Asia (投資ファンド) | パイオニア (オーディオ機器製造) |
2021年 | テンセント (インターネット関連事業) | ウェイクアップインタラクティブ (ゲーム開発) |
2010年のオギハラの買収では、BYDの日本法人社長の劉学亮氏が東京新聞の取材に対し、「2010年に、金型メーカー・オギハラの館林工場を買収し、この金型企業から日本のものづくりを勉強できた」と話したという。
このオギハラは、当時世界一の金型加工技術を持っていたとされ、投資・買収を通じた技術流出例の典型例であった。
日本では外為法により外資規制を進めているが、中国企業が日本企業の傘下に設立させた子会社を利用して日本企業の買収を企図するなどの手法によって出資元を隠すような事例が散見されている。
しかし、更に巧妙な手段をとる場合もある。
買収を斡旋する中国人経営者
これは、私があるIT企業X社の経済安全保障観点を含むデューデリジェンスを実施した際に偶然発覚した事案である。
X社の代表は中国人A氏であるが、A氏のこれまでの経歴を確認していたところ、不可解な動きが見えたのだ。
A氏が役員を兼任する日本企業がことごとく買収されていたのだ。買収を行った企業は、中国企業もあれば日本企業やファンドもあったが、その日本企業やファンドは中国と極めて関係が強く、半ば中国のフロント企業であった。
買収された企業は、ニッチトップに近い特異な技術を持つ中小企業が多く、買収された企業のうちの一つは「知人の紹介で知り合ったA氏は非常に人当たりもよく優秀だったのでA氏の希望もあって役員として招聘したが、積極的に中国企業への買収を提案してきた。A氏は日中で極めて広い人脈を持ち、買収案も文句ない内容だったので、A氏の意向に沿って買収が進められた。」と話す。
ちなみに、A氏を紹介した知人の男性は、妻が華僑である。
A氏は中国においても複数の企業役員を兼任しているが、A氏とともに日中両方の企業で役員を務める中国人男性B氏の存在が浮上した。
A氏のビジネスパートナーとみられるB氏は、中国の大学において中国国務院が制定っした中国科学技術発展計画に関与する研究者でもありながら、日本においても複数の買収事案に関わっていることが判明した。
更に、調査の過程で、B氏がA氏に強い影響力(半ば支配的な関係)を持っていたことも判明している。
このように、人的ネットワークを活用し、日本企業に入り込み買収を斡旋している構図が存在するのだ。
違法性は一切ない。
投資・買収以外の手段とは
合法的な技術獲得は投資・買収だけではない。
不正調達、留学生・研究者の送り込みや抱え込み(著名な日本人研究者の中国招致など)、共同研究・共同事業、人材リクルートなど多くの経路が存在するが、東京都知的財産総合センターが示す「中小企業経営者のための技術流出防止マニュアル」は非常に細かい事例が掲載されており、是非一読いただきたい。
(例)
合併会社へ技術移転したら許諾範囲外に使われた
最終加工・組み立てを海外メーカに委託したら類似品を造られた
製造設備を1台納入して2代目以降失注した
顧客からの要望を受けて工程監査を受け入れたら技術を盗まれた
更に身近な事例もある。
専門職へのインタビューを装うものだ。
私が数年前にビジネス系SNS「Linkedin」で警視庁OBであることを記載したところ、香港の企業から「専門職を経験した方へのインタビューを実施したい(報酬15万円)」と連絡を受けた。
(ちなみに、米国ELリストに記載されている企業2社から即座にスカウトも受けている・・・。)
彼らは企業コンサルティングを行っておりクライアント企業が日本の官公庁への入札を企画しているとのことであったが、インタビュー事項は「警察関連組織の入札ルートおよび決裁権の所在、入札企業に対する警察による調査項目」についてだ。
更に、彼らは、入札を有利にすすめるためという名目で警察内部の人事異動に関する情報に関心を寄せていた。
不審に思ったので、彼らの企業HPや信用情報を確認したところ、企業としての実態が存在しないことが判明した。
このように、専門職へのインタビューを装い、SNSなどで接触を図った上でインタビュー時に情報を収集されるほか、更にスカウト・中国への招待などに繋げていく手法が複数確認されている。過去にはLinkedinを通じ日本人技術者が技術情報を中国企業に漏洩した事件も確認されている。
中国人の技術窃取・獲得の動機とは
ここまで中国による技術窃取・技術獲得の手法を解説してきたが、彼らの動機は何だろうか。
2020年、JAXAに対するサイバー攻撃に関与した中国人留学生が検挙された事件では、人民解放軍の女に「国に貢献しろ」と命令をされたことにより犯行を行ったことが判明しているが、実態は当局によって指示されたものばかりではない。
当然、中国当局に命ぜられて工作活動に加担した例もあるほか、「国に貢献し評価されたい、見返りを受けたい」という動機が根底にあり、自発的に行っている場合も多々あるのだ。
そして、当局や中国国家に近い人物が、国に評価されたいと考える“都合のよい人物“を利用して技術獲得工作を行っている場合も混在する。
まさに、あらゆるチャネルを利用する「千粒の砂戦略」なのである。
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