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経済安全保障における技術流出対策とは -世界水準の技術流出対策-(第5回)

  • 執筆者の写真: 稲村 悠
    稲村 悠
  • 4月25日
  • 読了時間: 4分

技術流出対策


世界水準の技術流出対策

 世界レベルでの技術流出対策に共通する特徴は、情報管理や社員教育の徹底を基盤とした多層的かつ予防的な防御体制を構築している点にある。中でも注目されるのが、韓国のサムスンにおける取り組みである。同社は巨額の研究開発投資に並行し、機密情報の保護を重視して早くからアクセス管理体制や社内統制システムを整備してきた。

 たとえば、2018年11月には、韓国検察がサムスンのフレキシブルディスプレイ技術を不正に流出させたとして11名を起訴する事件(※)が発生した。この際、サムスンは迅速に被害調査を実施し、製造ラインへのアクセス制限や社内クリアランス制度の再点検など、組織全体での防御体制を即座に見直したと報じられている。

※Reuters,『S.Korea indicts 11 for alleged theft of Samsung’s flexible display tech』(2018/11/29)


 さらに2023年5月には、一部社員がソースコードを外部の生成AIサービスに誤って入力してしまったことを受け、同社は生成AIの社内使用を事実上禁止する決定を下した。この対応は、技術流出に対して企業が迅速かつ厳格に対応する姿勢を示す象徴的な事例として、国際的にも注目を集めた。

※BBC, 『Samsung to ban ChatGPT use after staff leaked source code』(2023/5/2)


 欧米の主要ハイテク企業においても、従業員のバックグラウンドチェックや不正検知システムの導入は標準的な対策として行われている。日本企業から見ると「過剰」と映る場合もあるが、国際社会ではこれがむしろ当たり前の水準になりつつある。

 一方で、日本企業は技術力では劣っていないにもかかわらず、経済安全保障やカウンター・インテリジェンスの視点からの体制整備においては、欧米・韓国の先進企業に比して遅れが指摘されている。


 経済産業省が示す『技術情報流出防止ガイドライン』にも、必要な管理プロセスや教育の方向性は明記されているが、実際の企業ごとの実行レベルには差があり、官民の認識ギャップも残っている。

 2022年の「経済安全保障推進法」制定を契機として官民連携は進んでいるものの、インサイダーによる流出、合法的な企業買収、共同研究を通じた情報移転など、複数の経路から技術が狙われる現実を前に、企業はサムスンのように事後対応のスピードと制度改善の継続的なサイクルを確立する必要がある。


動的防御としてのインテリジェンス

 多層的な流出経路に対応するためには、企業単独での対策には限界がある。とりわけ、経済安全保障の観点からは経済インテリジェンスの活用が重要である。

 実際の現場では、外国ユーザーリストやCISTECのCHASERを活用し、中国を含む懸念組織との関係性の有無をチェックする取り組みが進んでいる。また、資本・人的ネットワークを解析し、外国企業の背後にある国家的意図や戦略を見極めることも、技術移転の判断材料となる。

 とはいえ、これらの調査には多くのコストと時間がかかる。民間企業にはアクセスできない「秘匿性の高い情報」を保有する官側の支援を受けることで、リスク判断の精度とスピードは格段に高まる。こうした背景を踏まえ、経済産業省は2024年11月に「技術管理強化のための官民対話スキーム」を発表した。

 このスキームでは、外為法を基軸としつつ、企業と政府が継続的なコミュニケーションを通じて懸念技術の移転リスクを把握し、共に管理策を検討していく体制が整備されている。経済産業省は、「官民が徹底的な対話を通じて直面する課題を共有し、必要に応じて政策的支援を提供する」としており、企業に対しても、情報不足を補うための積極的な情報提供や助言を約束している。

 ここで重要なのは、企業がこの制度を“待ちの姿勢”で受け止めるのではなく、能動的に関与する姿勢を持つことである。たとえば、外資からの買収提案、共同研究の申し入れなど、将来的にリスクを孕む可能性がある案件については、企業自らが早期に政府側へ相談・報告し、支援を受けながら対処していくべきである。

 このように、官からの情報提供だけでなく、民から官への情報発信とリスク共有があって初めて、真に有効な官民連携が成立する。その前提となるのが、企業自身のインテリジェンス能力の強化であり、リスクを察知・分析・報告する主体としての自律的な姿勢が、今後の経済安全保障対応の中核となっていくだろう。


(次回「企業が果たすべき責任と経済安全保障ガバナンス」に続く)

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