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日本における各国スパイ活動の実態


 

日本にスパイはいるのか


 現代では、スパイは当然のように存在しているが、私が企業などに対しスパイについて研修をする際、必ず言われる言葉がある。


 「私達の近くにスパイなんているのですか?」


 断言しておく。スパイは存在し、皆さんの生活に極めて近い距離にいる。


 官民でスパイ捜査・調査に従事・指揮した私の経験から日本で活動するスパイについてその概観を解説する。

 日本国内で活動するスパイとして、懸念されるのはロシア・中国・北朝鮮だ。



精鋭スパイ大国ロシア


 これまでのスパイ事件からも明らかであるように、在日ロシア大使館員や在日ロシア通商代表部の職員の身分で入国したSVR(ロシア対外情報庁)やGRU(ロシア連邦軍参謀本部情報総局)、また少数だがFSB(連邦保安庁)に属したプロ中のプロのスパイ(機関員と呼ぶ)が主として活動する。

 まず、彼らはそれぞれ自身の担当する領域(外交、技術、経済、政治など)の情報収集を行うが、意外にもロシアのスパイはメディアへの関心も高く、メディア関係者への接触も試みているのが実情だ。


 その手法の多くは、情報やコネクションを有するとみられる日本人ターゲットに対し、時には学会で隣席になり、時には東京ビッグサイトで開催される展示会で声をかけたり、時には新橋で食事中のターゲットに声をかけたり、ふと道を聞くなどして接点を持ち、プロのテクニックで信頼関係を構築し、長期間にわたってターゲットを“運営”する。

 

 彼らの生活はいたって普通であり、私生活ではお台場などでショッピングをしたりするが、自身がスパイ活動に従事する際は、捜査機関の尾行を警戒し、例えば“イオン” や“ららぽーと”のようなショッピングモールで多くの人に紛れ込むことをしたり、人気のない公園を歩いて尾行を確認したり(点検という)と、我々の生活の極めて近くにいる。

 更に、彼らがターゲットと接触する際は新宿や渋谷などの基幹駅も含め、関東近郊の様々な路線の駅を使う。一方で、スパイによって愛用する駅があるなどといった一定の傾向(好み)はある。


 ロシアのスパイは、ジャーナリストやコンサルタント、研究者などに身分偽装することもあるが、実在する人物の身分を乗っ取って活動する“背乗り”を行うこともある。

 

 黒羽・ウドヴィン事件では、SVRに所属する機関員が、福島県内から失踪した黒羽一郎さんになりすまし、日本国内外で30年以上にわたり各種の情報収集活動を行っていた。ちなみに黒羽さんになりすましていたロシア人スパイの日本人妻もスパイとしての教育を受け、捜査員の顔写真を撮っていたという逸話も残っている。


 更に、背乗りではないが、国際刑事裁判所(ICC)に潜入しようとしていたブラジル人「ヴィクター・ミューラ―」が、実はロシア人「セルゲイ・チェルカソフ」で、GRUのスパイであった事件も発覚している。このスパイは、大学入学前からほぼ10年にわたり全く別人のブラジル人として「ヴィクター・ミューラ―」生活していたという。

 日本にこうした完全に身元を偽装したスパイがいる可能性は十分にある。


 その他、民間人によるスパイ活動も当然存在する。


 更に、レフチェンコ証言やミトロヒン文書にあるように、ジャーナリストやメディア、政財界、外務省を中心とした官公庁内にも多くのロシアスパイのエージェントが存在してきた。

 外務省OBによれば、親ロシア派の職員の中には実際にロシア機関員と接触している状況も確認されており、相当の役職者もその中に含まれていることを私は民間時の調査で確認している。

 また、大手新聞社記者によれば、同社内にロシア機関員のエージェントと思われる人間が間違いなく存在すると言い、事実私が民間に出てから調査した際、同人と機関員の接触までは確認されたが、実際に何をしているかまでは掴めなかった。

 


主婦まで活用する中国のスパイ

 

 中国のスパイ活動は、中国駐日大使館の一等書記官によるスパイ事件「李春光事件」を例に、大使館員に偽装したプロのスパイも当然ながら、ビジネスマンや留学生、主婦などあらゆるチャネルを利用して行うところに特徴がある。

 その一例として、日本人男性と結婚した華僑の女性が、夫の友人である日本人女性研究者に接近を試みていた事案(民間において把握したもの)もある。


 スパイ活動の拠点は、元麻布にある大使館や全国の総領事館であり、留学生スパイを統括・運営する拠点は江東区の教育処と指摘されている。

 更に、ロイターによれば、新華社カナダ支局に勤務していたマーク・ブーリエ氏が、中国国営メディアの新華社通信社が報道機関ではなく、諜報機関だと指摘しており、インテリジェンスコミュニティでは知られた存在だ。

 その新華社通信(東京支局)は恵比寿に所在するが、民間での情報漏洩事案で同所に出入りする人物の関与が疑われた事案もある。


 中国スパイの拠点は中華料理店や一般の住宅を偽装したものもある。例えば、戸建てに日本人一家が居住していたが、実際は中国人工作員が家族を装い拠点としているといった具合だ。周辺住民からすれば全く想像できないだろう。

 また、会員制のラウンジや高級中華料理店を活用した諜報活動も当然確認されている。

 特に、会員制のラウンジ(やはり銀座が多数を占めている)では完全個室内で高級接待を行い、ハニートラップや獲得工作が秘密裏に行われている。


 中国スパイ活動の最大の脅威はそのネットワークである。コミュニティを最大限に活用して協力者を獲得・拡大していく。

 地域コミュニティや同窓コミュニティ、日中友好コミュニティなどあらゆるコミュニティにスパイ(=忠誠心が強い人物)を潜ませ、コミュニティ内の人物やその交友関係にある人物を協力者とするのだが、コミュニティ内で収集した情報は集約・蓄積され、次のスパイリクルートに活用される。

 また、反体制派のあぶり出しも行われ、例えば留学生スパイが収集した反体制思想の学生に関する情報を集約し、データベース化している。


 中国スパイは、プロバガンダや資金提供などを通じた政治への影響力行使といった各種工作にも力を入れているほか、スマートフォンやスマートウォッチ、ルーターなどのIT機器やアプリなどを駆使したスパイ活動にも長けている。


 一方で、実情として、善意のビジネスマンや留学生が“利用”されているケースが多く、一概に国籍のみをもって差別することは絶対に許されない。



最も冷徹な北朝鮮のスパイ


 北朝鮮のスパイは、皆さんの想像以上に“優秀”で、静かに行動する。

 北朝鮮は日本をスパイ活動の重要拠点ととらえ、日本や韓国、在日米軍に関する情報の収集、更に、日本人の拉致など数多くの工作活動を行ってきた。


 警察が過去に摘発した北朝鮮工作員事件では、工作員らが自衛隊や在日米軍の情報を収集し、北朝鮮本国に報告していたことが判明している。

 日本で活動している工作員の正確な人数は不明であるが、万景峰号の往来が可能であった時期では、数百人程度いたと言われている。一方で、工作員に対し、直接または間接的に支援・協力する団体や個人(土台人という)も含めるとなるとその数は膨れ上がる。


 北朝鮮は日本にいる工作員にラジオの乱数放送を用いて、指示を送っていた。

 例えば、「21、376、1、・・・」といった具合で数字が読み上げられ、その数字自体が暗号化された“指示”であり、それを聞いた工作員は乱数表を用いて解読し、指示を実行するのだ。

最近では、ソウル聯合ニュースが、北朝鮮が動画投稿サイト「ユーチューブ」を用いて、韓国などに潜伏する工作員への指令と推定される「乱数放送」を行ったと報じている。平壌放送のユーチューブチャンネルに、「0100011001-001」と題した動画が投稿され、アナウンサーが「今から710号探査隊員のための遠隔教育大学情報技術基礎復習課題をお伝えします」とし、「564ページ23番、479ページマイナス19番、694ページ20番」などと読み上げたという。



 また、過去にはスリーパーセルという隠れた工作員/テロリストが存在するという報道があった。

 彼らは一般市民を装い日本で通常の生活を送っているが、その正体は工作員であり、有事になると総書記の指令により活動を開始し、偽情報の流布や武器を用いて破壊工作を実行するという。


 スリーパーセルは、存在するのか。


 まず、一部メディアで報じられているような北朝鮮本国の指示により武器を用いて破壊工作と言った話は大きく飛躍している。


 朝鮮半島情勢に精通した元公安調査庁調査第2部長でインテリジェンスの第一人者でもある故・菅沼光弘氏は「かつて1960年代から70年代にかけては、北朝鮮のテロ組織が日本に存在していたが、そもそも北朝鮮は韓国に渡って工作・破壊活動や世論誘導を主たる目的としていた。韓国に潜入するには日本人を偽装する必要があり、そのために日本人拉致が行われた」「北朝鮮の有事において日本を攻撃する事態となれば、北朝鮮は(工作船などで)特殊部隊を日本に送り込むだろう。ミサイルも多数保有している」とメディアに語っている。

 そもそも、北朝鮮の行動は必ず韓国を念頭に置いており、わざわざ破壊活動のためにスリーパーセルを日本に長年潜ませてというよりは・・、ということであり、私も同意である。


 一方で、“隠れた工作員”として一般市民に偽装し工作活動を行うのはスパイの手段として当然想定されており、そのような工作員=スパイは存在するだろう。

 あまりに危険性を誇張するあまり、ダムが爆破されるなどといった煽り立て、現実的ではない手段をメディアで語る様相は全く信用ならない情報なので気をつけてほしい。(売名のために、実情と違う諜報活動を憶測で書くのは危険である)



スパイは中国・ロシア・北朝鮮だけではない

 

 日本で活動するスパイについて、ロシア・中国・北朝鮮についてその概観を解説したが、実際はこの3国に限らない。

 過去にはブルガリアによるスパイ活動があった。

 1984年、在日ブルガリア大使館二等書記官O・ポピバノフは、バイオテクノロジーを中心とした技術情報の入手を企て、複数の日本人専門家に接近し、極秘資料の提供を執ように要求するなどスパイ活動を行っていた。


 スパイは今現在も日本で活発に活動している。





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