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台湾TSMC技術流出事件が与えた日本企業への示唆(前編)

  • 執筆者の写真: 稲村 悠
    稲村 悠
  • 12 分前
  • 読了時間: 4分
台湾TSMC技術流出

TSMC先端技術漏洩事件の概要

 

2025年8月、世界最大の半導体受託製造企業である台湾TSMCにおいて、最先端プロセス技術「2ナノメートル(nm)」に関する機密情報が社外に不正流出した疑いが発覚した。TSMCは内部モニタリングで異常を検知し調査を進め、社内の現職・元職員による営業秘密の不正取得が判明したため当局に通報した。台湾当局は関係者宅を家宅捜索し、元従業員を含む複数名を国家安全法違反などの容疑で拘束・逮捕したと発表している。

複数の台湾メディアによれば、不正に取得されたのは2nm半導体技術に関する重要情報であり、TSMCは関与した社員を懲戒解雇するとともに当局に引き渡したという。

この捜査の過程で、関係先として日本企業の台湾事務所も家宅捜索を受けたことが報じられ、日本企業にも波紋が広がった。

一点、前提となる重要な留意点を示しておく。

本件に関し、日本企業側に作為的意図があったようなナラティブが一部見受けられるが、現時点までそれを裏付ける情報は一切ない。また、日本企業は全ての調査に協力し、日本企業と台湾TSMCの関係を見ても、その関係と引き換えに作為的な不法行為に加担するような利益は到底合理性がないと言えることから、上記のような安易なナラティブに加担しないよう十分留意しなければならない。

 


犯行の態様


NOWNEWS(今日新聞「星巴克抓內鬼!台積電2奈米險外流」、2025.8.8)によれば、犯行の態様は以下の通り。

・事件は、TSMCのセキュリティチームによる定期的なシステム監視に発覚

・深夜のサーバーログから、遠隔地にいるエンジニアが機密情報である2nmプロセスデータベースに頻繁に、かつ異常なパターンでログイン

・エンジニアは数分間だけデータベースにアクセスし、その後すぐにログアウトするという、長時間ログインのアラートを回避するような行動をとっていた

・さらに、他のエンジニアもほぼ同時期に同様にデータベースにアクセスしていた

・セキュリティチームはすぐに、コア技術の窃取を懸念、携帯電話で画面の内容を撮影しているのではないかと推測

・TSMCは直ちに最高検察庁捜査局等に通報し、数週間にわたる秘密の監視活動を開始

・当局たちはエンジニアたちの日々の行動を追跡

・データの受信者として日本企業に勤務する元同僚が浮上

・7月下旬、防犯カメラの映像に、新竹市観心路のスターバックスで2人の男が会っている様子

・スターバックスにて彼らがノートパソコンが開くと、画面には2nmの機密文書の内容が映し出さ、スマートフォンで撮影しようとしたところを、現行犯逮捕

上記を見ても、如何に台湾TSMCが技術流出対策に力を入れていたかが読み取れるだろう。

 

 

社員による不正な技術獲得と「持ち込み」が示す課題

 

今回のTSMC技術流出事件が示したのは、日本企業にとって自社の知らない所で社員が不正を行い、最悪の場合には自社が認識しないまま他社の機密情報を窃取・持ち込みする事態への対策がいかに困難かという点である。

そもそも、一般に企業は、自社からの情報流出(持ち出し)対策には注力していても、他社からの不正な情報流入(持ち込み)リスクには意識が向きにくい。

しかし、企業が意図しないところで従業員が前職などから競合他社の秘匿情報を窃取するリスクが現実に存在し、しかもそれが発覚した場合のインパクトが極めて大きいことを浮き彫りにした。

 

特に、企業側にとって、社員が他社の営業秘密をこっそり持ち込む行為は非常に厄介である。

会社としては知らぬ間に他社の秘匿技術を抱え込むリスクを負わされることになるからだ。

仮に、万一それが自社の製品開発や業務に利用されてしまえば、後になって元の権利者から法的措置を取られる事態も考えられる。

このように、社員の裏切りとも言える行為によって他社の機密が持ち込まれると、受け入れ企業は知らぬ間に法的リスクと信用リスクを抱え込むことになる。

また、捜査対象となっただけでも株価が一時下落するなど経営への打撃は避けられず、顧客や関係当局への対応に追われる事態となる。

自社として意図せぬところで社員が産業スパイ行為に関与し、結果として自社も巻き添えを食う——これは日本企業にとって他人事ではなく、対策の難しい深刻なリスクである。

 

さらに本件では、台湾当局がこの漏洩事件を国家の安全保障に関わる案件と位置付けた点にも注目すべきである。台湾では先端の半導体技術が「国家核心重要技術」に指定されており、本件は改正国家安全法にもとづく科技スパイ事件として扱われた。

このように他国では先端技術の流出が国家レベルの犯罪とみなされることから、日本企業も自社社員の行動が、輸出管理とは別の文脈で他国の法規制に抵触し得る点に注意を払う必要がある(この点は後編で詳述)。


前編では事件の経緯と課題を見てきたが、後編では他国法規制の観点と、企業が取るべき具体的な実務対応策について考察したい。


関連ソリューション(Fortis Intelligence Advisory株式会社:技術流出対策支援

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